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カフェ・サン・マルコⅡ 放逐の地、流謫の空、日常の崖、超常の涯、僕たちの心臓はただ歌い出す


過ぎ越しの少年 歩いてゐる 環百道路の向こう側 不気味に流れる根無し草 道草模様の漂流者 あゝ帰らざる故郷…… 棲めばエル・ドラド…… 記憶のギャラリーで迷子になって…… 愚者の漬物石と隠者の糠床……
by Neauferretcineres
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メモ帳
わてが最近、買うた酒 のコーナー
Kloof Street Swartland Rougeクルーフ・ストリート スワートランド ルージュ 南アフリカ赤ワイン
ふつうアフリカワインのラベルには動物やら何やらの生き物やら野生的な風景やらが
描かれてるものだけど、Mullineux(マリヌー)のこのワインのラベルは
夕暮れ時に一瞬見られる不思議な色合いの青空のような、淡い青の地に
控えめな金色で文字が記されているだけ。
そこがいい。
味は濃厚。空に憧れる土の浪漫と情愛、いささかの辛苦。

まずトビタ本通りの商店街に位置しているトビタOSなる小屋にとびこんだ――奥野信太郎「おんな文明抄」

キャバレーもええけど、
ストリップ劇場も一度は体験してみたい場所でありますね、
特に関西ストリップの劇場……。

奥野信太郎「おんな文明抄」(『女へんの話』論創社刊 に収録)より

☆大阪ストリップ地帯を行く

昔、両国広小路に、「ソレつけヤレつけ」という見世物があったという。若い女が前を出して、三味線にあわせ尻をふると、見物人は先きにタンポのついた棒で、それを突こうとするのだが、尻のふりかたが巧みで、どうしても突きおおせるものがなかったということだ。

 ところでもう一歩でこの江戸時代の見世物「ソレつけヤレつけ」そっくりのものが、いまの世にあるといったならば、人はまさかと思うにちがいないが、それが堂々と公演されているのが、関西ストリップという演芸である。

 関西ストリップの見物人は、もちろんタンポつきの棒などで突くことは許されないけれども、棒のかわりに、食い入るような視線で、裸女の性器を突き刺す。その鋭さは、とうていタンポつきの棒などの比ではない。そこにやはりなにごとも悠長な江戸時代と、現代の急テムポの大きな相違がある。

 関西ストリップの本場は大阪である。大阪にこの専門の常小屋がおよそ十六軒ある。どれもこれもうらぶれた場末である。汚水をたたえたどぶ川のほとり、腐った野菜が路端に捨てられている日向くさいマーケット裏、つれこみ宿にかこまれたゴミっぽい盛り場――そういうところにこれらの毒茸が、にょきにょきと生えている。

 小屋はこういううらぶれた場末にありながら、そこに集ってくる客は、おおむね場末にふさわしくないホワイトカラーたちであることもおもしろい。なにしろ五、六百円という入場料も、気前よく出そうという連中ともなると、高校生や小店員では、ちょっと手重いためでもあろうか。

 変った観客といえば、中気病みの老爺が、杖にすがってストリップ小屋通いをしたり、夫婦づれでやってきて、亭主だけかぶりつきで見物したりというようなのもあるが、概していえば、中年の勤人ふうの男が圧倒的に多数を占めている。

 映劇ミュージック、ダイコーミュージック、吉野劇場、温泉劇場、東洋ショー、OS劇場、ナニワミュージック、トビタOS劇場、第一劇場、木川劇場等々、その名はいずれも堂々たるものであるが、小屋はいずれも東京なら場末の映画館までにもいかないくらいの狭い場所だと思えばいい。そう、この演芸は、ごく手狭まなところでしかできないそういう種類の演芸なのだから。

 とても十六軒全部見てまわるわけにはいかないので、まずトビタ本通りの商店街に位置しているトビタOSなる小屋にとびこんだ。ここは五日目ごとに番組が変わる。こんなに頻々と変えるのは、なかなかたいへんなことだと思うかもしれないが、別に装置があるわけではなし、バンドはみんなテープにふきこんだものを、踊り子が各自持参してくるだけのことだから、そこはいたって簡単なものだ。

 毎日番組を変えることだって大したことではない。踊り子の踊りなるものも、拙劣そのもので、義理にも芸などといえたものではない。しかし客は神妙な顔つきをして、その拙劣な踊りを眺めている。それはその拙劣な踊りがひとわたりすむと、着衣を漸次脱ぎすて、舞台から観客席のまんなかに掛けわたした花道みたいな橋に進み出て、それから親にもみせない隠しどころを、ライトの照明で篤(とく)と御覧にいれる至妙の時を待ちかまえているからである。いわば後の楽しみにつられて、前の退屈を辛棒(しんぼう)するといったところだ。こんな踊りなんかあらずもがなだが、踊りなしでは一回二時間乃至(ないし)三時間にわたる時間がもてないことと、かりにも踊ることを看板にしている以上、多少でも踊ってみせなければ恰好がつかないためと、この二つの理由で、ともかく踊りともいえない踊りを、一人ずつ出てきた踊り子はみんなやってみせる。

 特設花道に出てくると、かの女たちは、いくぶん思わせぶりをして、肩にかけたショールみたいな布の端や、片手などで、ちょっと前を蔽(おお)って眼に触れしめないような科(しぐさ)をしてみせる。それがあんまり長く続くと見物席から、「もっとまじめにやれ!」と声がかかる。

 この小屋に、沖縄の娘が一人出演していた。みると体に入墨をしている。これは家紋で、十六歳のときに彫ったものだという。

踊り子が特設花道に出てくると、客は先きを争って、その股間に首を集め、呼吸を呑んで眉上の一点を凝視する。中国の艶笑作家は、その一点を形容して池塘春草などといったものだが、こうして照明のただなかに眺めてみると、うそにも春草などといえたものではない。それは鼠毫(そごう)のごとく、また荊棘(けいきょく)のごとく、叢林(そうりん)のごとく、また牛膝(やぶじらみ)のごとくである。剛直なるあり、柔捲(じゅうけん)なるあり、黒漆々(こくしっしつ)なるあり、薄疎々(はくそそ)たるあり、そしてそのうちに蔵する陰溝をさらして嫌うことなく、あるいは罅(ひび)のごとく、あるいは裂(れつ)のごとく、あるいは傷(しょう)のごとく、またあるいは腫(しゅ)のごとく、千差万別あい変ることさながら人相のようである。ここで一番おもしろいことは、こういう陰相をあからさまに観察するよりも、それを飽くことなく観察しようと犇(ひしめ)きあって、女の股間に首をつっこみ、舐めんばかりにして凝視する男たちの顔つきである。それは狂うがごとく、痴なるがごとく、楽しむがごとく、また悲しむがごとく、一心不乱というべきか、直情径行というべきか、とにかくたいへんな顔つきである。その眼は爛々と輝き、口唇は緩んで涎(よだれ)をたらさんばかりである。こういうところに高い入場料をはらってきたのも、この見世物をみるためである。見損ったら最後、六百円の入場料はこの上もなく高いものにつく。だからかれらはここを先途と、首の上に首を重ね、首の下に首をつっこみ、押しあいへしあいして一点を凝視するのだ。

 天満座という小屋では、客席の後に電気按摩の椅子がおいてあった。十円いれて坐るとうごき出す椅子である。踊り子が舞台でつまらない踊りを踊っている間中、一人の男はそれにかかっていた。てんで踊りなどには無頓着な様子である。そしていざ着ものを脱ぎはじめると、脱兎のごとくかぶりつき目がけて馳けだした。まだ十円の料金がきれなかったとみえ、主なき椅子はそのままがたがたうごきっぱなしである。

 津守の第一劇場は、客席が全部桟敷(さじき)である。見物客は履物を脱いで坐る。ここではビールとおでんとを売っている。つまりささやかな酒宴の肴に、ストリップを見物するという趣向である。

 踊り子たちの名前が書き出してある。みるとペニー・五十鈴、霧島かほる、高千穂みき、空・夢路というような名前だ。苗字か名のどっちかは、みんなどこかでみたことのあるようなものばっかりである。

 永井荷風と西条八十を寄せて二で割って若くしたような顔をした劇場主の説明によると、ここはずいぶん会社の接待に使われるそうだ。ビールとおでんなら、どんなに呑み食いしたところで知れたものである。六百円の入場料をはらったところで、大したことにはならない。

「ひとつ大阪のストリップ案内しまほか、東京にはおまへんやろ」とかなんとかいわれると、結構相好をくずす大会社の幹部連もいるという。それとおぼしい見物人が一組いて、踊り子がそばにくるたびに、ビールをついでもらったりついでやったりしていた。

 こういう小屋のうちでは、通称温劇で通っている霞町の温泉劇場が一番大きい。たいていのところは踊り子も六、七名だが、ここは十名いた。

 はじめに拙劣な踊りをやって、そのあと、例によって前後左右、縦横十文字、篤と恥阜(ちふ)恥溝を御覧にいれる趣向は、どこの小屋とも同じことであるが、客席中央に梯子が下りてきて、踊り子は舞台から花道へ、そしてやがて花道から梯子へ馳け上り、梯子の中途で足を上げたり横につっぱったりして、例の個所を立体的にみせる趣向は、この新趣向らしい。梯子の下に群りよって上を仰ぎみる見物人の顔つきのおもしろさ、呼吸がつまっていまにも卒倒しそうな表情である。

「梅雨はジュクジュク肌香の谷間」という外題である。第一景にはじまり第十景に終る約二時間、そこに十名の踊り子たちが、各自一景ずつうけ持って立ち現れる。景ごとの小題も「ツユに光る青い竹」とか、「肉体幻想曲」とか、「あなたにそうっと見せましょう」とか、「ぬれてゆくゆく竿まかせ」とか、「谷間の奥に泉あり」とか、気の弱いものなら、題を聞いただけでも眼をまわしてしまいそうなことばが、ずらりとならんでいる。

「一人寝は寂しいのよ」という場面では、踊りのかわりに、舞台にベッドがもち出され、それにネグリジェの女が横たわり、悶々の情の末、自慰を行うという科(しぐさ)をやった。これにはさすがのぼくもびっくり仰天した。なまなか縦横無尽に秘奥のところをあからさまに示すより、淫情をそそる点では、まさに最たるものといってよかろう。

 あとでこの自慰嬢にいろいろ話を聞いてみて、さらに二度びっくりした。というのは、だいだいどの踊り子も中卒程度、なかには昨日まで蕎麦屋の出前をやっていたのが、今日から舞台へ出たというのもあるくらいだから、その頭も知れたものであるが、この自慰嬢はともかくインテリなのである。

 かの女は深川木場の生れ、育ちもずっと深川、だからことばは歯切れのいい東京弁である。白鷗高校を出て、目白の女子大に進んだ。中退かとたずねると、ちゃんと去年卒業したという。久松潜一先生の御名前をあげ、「とりかへばやものがたり」だとか「虫めずる姫君」の話などをする。どうもまんざら噓でもなさそうだ。それほどのかの女が、流れ流れてストリップ小屋で、こんなあさましい芸当を演じるようになったについては、そこになにか深い事情があるにちがいないのだが、どうもそれを根掘り葉掘り聞きただすだけの勇気はなかった。

「今年になってから深川にはまだ帰らないのよ、いっぺん帰りたいけれど」

 こういってかの女は楽屋の窓から空を見上げた。灰いろの空からは、雨が小針のように落ちていた。

「家じゃこんなことをしてるって、まるで知らないのよ」

 思いなしか少し寂しそうな顔つきにみえた。松尾和子によく似た顔つきである。

 こういう踊り子たちの収入はどのくらいのものであろうか。だいたい、それこそ昨日まで蕎麦屋の出前をしていたようなのでも、まず一日千五百円くらいにはなるらしい。最高は五千円というから、もうそのへんにのし上がると、地味な職業にはつけないという。なるほどもっともなことである。

 関西ストリップのそもそもは、昭和二十二年浪花座で額縁(がくぶち)ショーなるものが演じられたのが発端だそうだ。しかしそれは東京のストリップと大同小異なもので、今日のようなすさまじいものではなかった。今日のような特殊な見世物になったのは、昭和三十六年ごろからだというから、もうそれでもここ、四、五年という経歴があるわけである。

 踊り子の八〇パーセントは亭主持ちだという。たいてい五日から一週間くらいの興行で、旅から旅へ、こういう見世物専門のプロダクションの手によって転々として売られてゆくかの女たちの家庭生活というものは、どんなものであろうか。

「亭主ゆうたかて、みんな紐(ひも)や、女に稼がせて、小遣いだけあんじょう貰う奴ばっかりだんね」

 小屋主の一人は吐きすてるような口吻でこういうのであった。

まずトビタ本通りの商店街に位置しているトビタOSなる小屋にとびこんだ――奥野信太郎「おんな文明抄」_b0420692_02045938.jpg

Gregorio Vardanega, Chromographie x4 : Graphisme chromatique sur carrés

奥野信太郎の「おんな文明抄」は、
『小説現代』に昭和40年1月号から12月号まで
連載されたシリーズです。

by caffe-san-marco2 | 2023-11-25 02:14 | 随筆・自叙伝・ノンフィクション・旅行記 | Comments(0)
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