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カフェ・サン・マルコⅡ 放逐の地、流謫の空、日常の崖、超常の涯、僕たちの心臓はただ歌い出す


過ぎ越しの少年 歩いてゐる 環百道路の向こう側 不気味に流れる根無し草 道草模様の漂流者 あゝ帰らざる故郷…… 棲めばエル・ドラド…… 記憶のギャラリーで迷子になって…… 愚者の漬物石と隠者の糠床……
by Neauferretcineres
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メモ帳
わてが最近、買うた酒 のコーナー
新甘泉 梨の果肉と果汁があふれるお酒国産リキュール 北岡本店
ドンキで売ってた梨リキュール。作ってるのは奈良県吉野の酒蔵。
鳥取県産の梨をぶちこんである。アルコール分は5度。
なんとなく日本海側のエキスを毎日ちょっとずつ摂取したいんよね……。
熟れつつも叙情にこの実は引き締まりて。

旦那が、日本一の槍の大先生、た、た、高橋伊勢守様と御前の勝負だ――子母沢寛『昼の月』①

オリンピックは終わったけど、
しかし、人生いつどこで
どんな勝負を挑まれ、
どんな危機(クライシス)に巻き込まれるか、
ほんまに未知数でありますね……。



子母沢寛『昼の月』(講談社刊、角川文庫→徳間文庫)より①

 黄昏(たそが)れていた。

 宵の明星が小さな鏡をかけたように碧(あお)い水底(みなぞこ)の空に光って、寒さがしんしんと重なって来た。が、一帯に凪(な)ぎてそよとの風もない。

 徳三郎が裏門から飛び込んで来て、おいしと声高に問答している声が耳に入って桜井は起きた。

「なんだよ、男の癖になにかと言えや大変だ大変だと大袈裟(おおげさ)に言ってさ」

「ヘン、これが大変でなくてなんなものか、え、おいしさん、明後日だよ、え、明後日だよ」

「だからその明後日がどうだってんだ」

「旦那が、日本一の槍の大先生、た、た、高橋伊勢守様と御前の勝負だ」

「え? 御前勝負」

「どうだ驚ろいたか、旦那がやるんだ。え、旦那がぽんぽーんと打ち込むぜ、きっと伊勢守様を」

「お前、どこでそんな事をきいて来たんだ。誰か性悪るに担がれて来たのだろう」

「え、おう、おいしさん、冗談言っちゃあいけねえよ、担ぐのなんのと、そんな馬鹿馬鹿しい事じゃあねえんだ。旦那の大事だ、仇(あだ)やおろそかで、ここンちへ飛び込んで来るものか」

「それにしちゃあおかしいじゃあねえかよ。旦那はおかえんなすって一と言もおっしゃらないよ」

「そこが旦那だよ、お前さんらに勝負の事を話したってわからねえ、心配させる事もねえと、だんまりでいらっしゃる。なにしろね、相手が高橋伊勢守――。ヘン馬鹿にしてやがる。屁(へ)見たような唐変木野郎は、なんといっても従五位の槍だ、とても、こっちの旦那は勝てねえなどとぬかしやがるが、ヘン、なにをぬかしゃがるかってんだ、江戸っ子もこちとら本所もンだよ、相手がなんであろうとも、割下水の桜井金之助の旦那が負ける事なんかありっこねえ。おいらね、そういってこの勝負へかけた、張ったよ、張ったよ、二歩(ぶ)だ」

「ほう、お前、よく銭があるな。またやったか」

「冗談じゃねえ。張った二歩はそんな銭じゃあねえよ」

「噓をつきゃがれ、巾着切(きんちゃくきり)が二歩の銭を持ってるもんか」

 早口な二人のやりとりが、とんとーんとここまで来て、徳三郎もふうーっと一息ついたが、おいしもぐっと唾(つば)をのんだ。

 おみよがきいた。

「徳さん、あんた、誰からそれをきいて来ましたえ」

「誰からにもなにもね」

と徳は、

「おいしさん、水を一ぺえおくれ。馳(は)せつづけで息が切れた」

 茶碗の水をごくごくのんで、とんとんと胸をたたいた。

「おれが長屋に鼠という仇名の奴がいる。本当は忠助っていうが、江戸中鼠で通る奴だ、鼠のようにくるくる廻(まわ)りゃがるし、時には物をひいても来やがる」

「盗っ人かえ」

「いいや、表向きは下谷黒門町の瓦版(かわらばん)の元締榊屋(さかきや)定吉の子分でね。本所一帯がこ奴(いつ)の縄張りだ。いつも榊屋から使が来ると飛んで行って、瓦版作りを手伝って、その戻りには一(ひ)とっ背負(しょ)い瓦版を持って来て、これをそのまた下の売子へ上前をはねて渡してね。本所一帯へ売りさばくんだよ」

「うむ」

「ところが、お神さんてえのが、毎晩一升酒を食らうてえ、大変な女だ。これが今日昼ごろにまた昼酒をくらってやがってにわかに引っくり返りやがった。卒中かも知れねえもんだから、なんにしても亭主の留守に息を引き取らせるのも哀れと思ってね、黒門町へ行ってる鼠を迎えにやったんだ。野郎びっくりしてさっきけえって来たが、丁度そこにおいらが見舞っていたもんだから、おい、呑んだくれのおいらがかかあどころの騒ぎじゃねえ、実ぁこれこれだ。今、黒門町でその瓦版をこしれえているから夕方にはこっちへ持って来るが、その名に確かに、割下水の旦那と高橋伊勢守様がやるとあったというんだ。しかも明後日だ、将軍様の御前だ。おいしさん、落着いている場合じゃねえよ」

「馬鹿野郎。この婆(ばあ)がやるんじゃああるまいし、じたばたするな、そうでなくても大切なところだ、旦那をお騒がせ申しちゃあそれこそ大変だよ。え、おう、静かにするんだ」

 桜井が寝衣(ねまき)の上へ丹前を引っかけて、のっそりと出て来た。

「おい。徳。お前、鼠がところへ急いで行き、瓦版を一枚残らず買ってしまえ」

「へ?」

「婆さん、銭をやってくれよ。鼠に損が行かねえだけな――そんな瓦版を本所の界隈へまきちらされてたまるか」

「へ、ど、ど、どうしてで御座いますか」

「どうしてでもいいんだ。一枚残らず買っちまえよ。御城内の事がどうして、こんなに早く世間へもれ、瓦版などと騒ぐのかぁ知らねえが、人面白くもねえ事だ。御城内の事は御城内だけのもの。みんなが知る事ぁないんだ」

「へえ」

「当人のこのおれが、今朝四ツ過ぎにやっと知ったのに、どうしてこんなに早く瓦版の元締なんぞの耳に入ったか」

「へっへっへっ。蛇(じゃ)の道ぁ蛇(へび)、旦那。御城内だろうが、京の禁裡(きんり)様の事だろうが、瓦版屋は常々ちゃんと要所に銭が使ってあるんですよ」


旦那が、日本一の槍の大先生、た、た、高橋伊勢守様と御前の勝負だ――子母沢寛『昼の月』①_b0420692_21152918.jpg
文中に出てくる高橋伊勢守というのは、
幕末三舟の一人、高橋泥舟のことでありますよ。

by caffe-san-marco2 | 2026-02-25 21:20 | 小説 | Comments(0)
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