子母沢寛『昼の月』より②
二月に入って京はいよいよ底冷えが厳しかったが、陽当りのあたたかい辺りには、あちこちに梅が咲いていた。
相変らず、巷(ちまた)のそちこちに斬った斬られたという気味悪るい事件が起りつづける。京の人達は日の暮れとともに、もう一人で街は歩るかなかったし、ましてたとえ大勢でも若い女などはぱったりと影も見せなくなって終った。将軍家がいらせられるというのに、まるで火が消えたようである。
昨日賀茂明神へ梅見に行った戻りに、大岸と桜井は鴨川べりで鰻(うなぎ)を食べたが、それが金串(かなぐし)で、値段ばかり高くてひどくまずかったというので、
「川魚では京一という店ときいたが、馬鹿にしてるね」
大岸が、今日になってもまだぶつぶついっている。
宿主(やどぬし)の鈴木氏の話では、元来京というところは、そういう処(ところ)で、名物面(づら)をして、値を高くとるがひどくまずい家と、ひっそりと煤(すす)ぼけた店で、値も驚ろくほど安いが、それで天下に二つとない美味を売る店もある。これをよく知ってその店へ入らなくては、両先生のような馬鹿を見る事が往々にあるものである。
京に住む者さえ、時々、これでおどろくのだから、江戸からお上りになって早々では当然です。これからは、わたしが御案内仕(つかまつ)りましょうといって、今度はこっちがまるで田舎っぺえ扱いにされた。