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カフェ・サン・マルコⅡ 放逐の地、流謫の空、日常の崖、超常の涯、僕たちの心臓はただ歌い出す


過ぎ越しの少年 歩いてゐる 環百道路の向こう側 不気味に流れる根無し草 道草模様の漂流者 あゝ帰らざる故郷…… 棲めばエル・ドラド…… 記憶のギャラリーで迷子になって…… 愚者の漬物石と隠者の糠床……
by Neauferretcineres
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メモ帳
わてが最近、買うた酒 のコーナー
新甘泉 梨の果肉と果汁があふれるお酒国産リキュール 北岡本店
ドンキで売ってた梨リキュール。作ってるのは奈良県吉野の酒蔵。
鳥取県産の梨をぶちこんである。アルコール分は5度。
なんとなく日本海側のエキスを毎日ちょっとずつ摂取したいんよね……。
熟れつつも叙情にこの実は引き締まりて。

もの柔かな京都弁で、何か水のような、毒にも薬にもならない話を――里見弴『多情仏心』

まだまだひんやりとした寒さが居座っておりますが、
ちょっくら早春の花々の咲き具合を見に行きたいような
そんな頃でもあります。

明日と明後日(3/8・3/9)、group_inouimaiさんが
関西(京都→大阪)にライブしに来てくれますよ!!

3/8(日)京都 二条ナノにて
ナノ22周年月間第15夜
『mogran’BAR 22nd Anniversary』
GUEST LIVE:
 imai
 CeeeSTee
DJ:
 morgan’BAR crew


3/9(月)大阪 堺筋本町Barフェーダーにて
『mingle.』
LIVE:
 imai
DJ:
 Metome
 5364
 Kazuki
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もの柔かな京都弁で、何か水のような、毒にも薬にもならない話を――里見弴『多情仏心』_b0420692_15213731.jpeg
もうそろそろ春やし、
若い小娘とデートでもしたいような感じやけど、
おっさんが若い子に惚れられるなんてことは
小説のなかだけのことと
固く堅く硬く思っとく方が無難やね。
おっさんと小娘との恋なんて、
あってはならない、とまでは言わんけど、
とんでもないハプニングでっせ。


まったく、おっさんにはひとり旅がふさわしい……。

里見弴『多情仏心』(新潮文庫等)より

☆ひとり旅

 ちらほらと花の便りを聞く時候になって来た。着るものが一枚へるごとに身も心も軽くなって行くのに誘われて、病(やまい)に対する信之の不安は、忘れるともなく薄れかけていた。それには、人知れず摂生(せっせい)していたおかげにか、その後引き続いて、吐血を見るようなこともなかった。そうなると、頻(しき)りに旅の心が動いて来た。――京都、奈良、宇治、第一にあのへんがあたまに浮んだ。目も遙かに、蓮華(れんげ)と菜種とが続いて、果は薄霞(うすかす)んだ連山まで、一望のうちにおさめるような、どこでもいい、田舎の旧家と云った感じの静かな宿屋に転がって、ひとりポカンとしていたらさぞいい心持だろう、と思った。それもいいが、ぼつりぼつり杜切(とぎ)れがちに、もの柔かな京都弁で、何か水のような、毒にも薬にもならない話をしかけてくれる女が、寝ころんだ枕もとに、畳一畳ぐらい離れて坐っていてくれても悪くない、とも思った。里奴(さとやっこ)と云う妓(おんな)のことが、それにつれて考え出された……。

 その妓とは、一昨年の夏の末ごろ、大阪京都へちょっとした用件を云いたてに十日あまりの旅をした時、中学時代に同級の仲よしだった京都産れの日本画の画家(えかき)に招かれて、祇園の茶屋で、五晩六晩つづけざまに逢ったのが、馴染(なじみ)そめだった。口数を利かない大人しやかな妓(こ)だった。眉尻(まゆじり)がやや八の字なりにさがったのが、いつも彼の女を愁(うれい)深く見せ、ひとり仲間をはずれて、裏の小流れに臨んだ欄干にでも凭(よ)って立っているところを呼ばれて、ニッコリ振り返ったりすると、今が今まで、そっと泣いていた人のように思われるくらいだった。その薄命らしいところが、旅にいる信之の心には、殊(こと)に哀れふかくも懐しく感じられた。彼方(あちら)でも、信之を嫌っているとは思えなかったけれど、そうかと云って、内輪に内輪にと、いつも座敷の日陰とも云えるあたりに身を退(すさ)っている彼の女は、決して人目につくほどの特別の好意を見せるようなこともなかった。今後に何か事が起ろうなどとは、夢にも思い設けずに、信之はやがて東京へ帰って来て了(しま)ったのだった。それに一つには、十九と云うその妓の年齢から考えても、彼にはなんとしても自惚(うぬぼれ)られなかった。永い間の恋愛生活で、女の方から先に立って好意をみせて来るのは、きまって年増(としま)だった。遠慮のない友達などがよると、よくそれを云って冷嘲(ひや)かされるくらいだったが、いい御機嫌に廻っている時の信之は、故意(わざ)と洒々(しゃしゃ)とした顔つきを扮(よそお)って、

「ふん、十代の小娘なんぞに、俺のいいとこが解ってたまるもんかい。なんてったって、問題はここだからね」

 と、心臓のあたりをハタハタと打って見せたりした。そんな風で、若い娘には、たまにこっちから好意はもっても、深く惚れ込むと云うような気持になることは稀だったし、不思議にまた彼は、年のいかない女には縁遠かった。

 ところが、東京に帰って二三日ほどすると、画家(えかき)の矢崎から、里奴の絵葉書に、この妓(こ)が君のことばかり云っていて大変だ、近々にもう一度出直して来る必要がある、などと云ってよこした。文学趣味の女将(おかみ)がやっている例の茶屋で、酒肴(しゅこう)の載っている食卓(ちゃぶだい)の上ででも書いたものとみえて、一筆女将の冷かしのような文句やら、里奴はじめ三四人の馴染の妓の自署やらも添えてあった。


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by caffe-san-marco2 | 2026-03-07 15:52 | 小説 | Comments(0)
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